糖尿病という病気〜経過と治療について〜

合併症を防ぐために血糖値をコントロールする

糖尿病は、血液の中の糖分(ブドウ糖)が増えすぎて「高血糖」になる病気です。高血糖自体はほとんど無症状ですが、数年以上続くと「合併症」と呼ばれる病気が起きてきます。残念ながら、合併症を今の医学で完全に治すことは難しく、身体に障害が生じたり、命にかかわることもあります。例えば、失明したり、人工透析が必要になったり、足を切断することになったり、心筋梗塞や脳卒中が起きやすくなります。そのような合併症を起こさないために、症状がなくても、高い血糖値を下げる治療「血糖コントロール」が欠かせません。糖尿病の食事・運動療法と、従来の薬物療法はすべて、血糖コントロールの手段です。

高血糖の原因は三つある

ところで、この冊子の題名タイトルは『糖尿病の新治療』。これまでにない新しい治療法の話なのですが、その前にもう少し糖尿病全般の解説を続けます。

まずは高血糖の原因について。高血糖になる直接的な原因は、大きく分けて三つあります。それぞれに対する対策とともに解説します。

高血糖の原因❶ インスリンの量が足りない

血糖値を下げるホルモンを「インスリン」といいます。インスリンは膵すい臓のβベータ細胞で作られます。食事をして胃腸で消化が始まり、からだの中にブドウ糖が吸収されて血糖値が上がり始めると、インスリンが分泌されて血糖値が上がりすぎないようにします。インスリン分泌の量が足りないと、高血糖になります。

対策 インスリンが少なくても血糖値が上がらないように、食べる量を加減する(食事療法)。薬でインスリンの分泌を増やす。インスリンを注射して補う。

高血糖の原因❷ インスリンの効きめが悪い

インスリンに対するからだの感受性が低下する「インスリン抵抗性」のために、たとえインスリンの量は足りていても、高血糖になることがあります。太り気味の人の高血糖の原因として、よくみられます。

対策 運動療法でインスリンに対する感受性を高める。太っているなら減量する。薬でインスリン抵抗性を改善する。

高血糖の原因❸ グルカゴンの量が多すぎる

血糖値を下げるインスリンに対し、膵臓のαアルファ細胞で作られる「グルカゴン」は、血糖値を上げるホルモンです。健康な人のグルカゴン分泌は、血糖値が低くなると増え、高くなると減ります。しかし糖尿病では、血糖値が高くなってもグルカゴン分泌が減らず、むしろ増えることさえあり、これが高血糖の三つ目の原因です。

対策 原因1・2への対策が間接的に原因3への対策になるものの、直接的な対策はなかった。

血糖値を天びんにたとえた図。インスリンは血糖値を下げる側に、グルカゴンとブドウ糖は上げる側に働き、インスリン抵抗性が下がりにくくすることを示している

これまでの糖尿病治療で未解決だったこと

以上のような高血糖の原因に対し、これまでにいろいろな薬が登場し少しずつ解決されてきました。しかし次の4点が長らく解決されずに残っていました。

課題1 インスリン分泌を増やすと低血糖が心配

高血糖の原因①に対する対策として、インスリンの分泌を増やす飲み薬やインスリン注射製剤が古くから用いられてきましたが、その副作用として血糖値が下がりすぎる「低血糖」の不安が常にあります。食後、時間がたって血糖値が低くなってきても、薬のなかには、血糖値と無関係に作用するものがあるからです。

課題2 インスリン分泌を増やすと体重が増えがち

薬で補うインスリンの量が多すぎると、空腹になって食べ過ぎ、体重が増えてインスリン抵抗性が強くなり、血糖コントロールが余計難しくなります。また、動脈硬化の進行が速くなる心配もあります。

課題3 グルカゴン分泌を抑えられない

これまで、異常なグルカゴン分泌をしっかりと抑えてくれる薬はありませんでした。

課題4 β細胞の減少を抑えられない

もう一つ、未解決の大きな課題は「糖尿病そのものの進行を抑えられない」という点です。具体的に言うと、インスリンを作ってくれる膵臓のβ細胞が、糖尿病のために年とともに減るのを防いだり、β細胞を増やす方法が今までなかったのです。

インクレチンとは

ここから本題です。

血糖値が高いときにだけインスリン分泌を増やし、グルカゴン分泌を減らす

「インクレチン」というホルモンがあります。

食事をとると主に十二指腸や小腸から分泌されるホルモンで、膵臓に働きかけてインスリン分泌を促し、同時にグルカゴン分泌を抑えます。血糖値が高くないときはあまり働きません。つまりインクレチンは、血糖値が上がり始めるとそれを下げるように作用し、血糖値が下がってくると下がりすぎないようにするという、あたかも調整役のように働きます。その結果、血糖値は下がりすぎることなくコントロールされます。

食事によって分泌されたインクレチンが膵臓に働きかけ、β細胞からのインスリン分泌を促し、α細胞からのグルカゴン分泌を抑えるしくみの図
食事をとるとインクレチンが分泌され、それが膵臓のβ細胞からのインスリン分泌を刺激し、α細胞からのグルカゴン分泌を抑え、血糖値の上がりすぎを防ぎます。インクレチンの働きが弱い2型糖尿病の患者さんがDPP-4阻害薬を服用すると、インクレチン作用が呼び覚まされ高血糖が改善します。血糖値が下がってくるとインクレチン作用は弱まるため、低血糖の心配もあまりありません。

せっかくこのような精巧な仕組みをもったインクレチンが、糖尿病の患者さんでは、十分働いていません。そのため、膵臓のβ細胞はまだインスリンを作れるのにインスリンが分泌されず、しかもα細胞からのグルカゴン分泌が抑制されません。それで、血糖値が高くなってしまうのです。

当然、このインクレチンをなんとか薬にできないかという研究が、世界中で行われてきました。しかしインクレチンそのものは、体内での半減期(作用が半分になるまでの時間)がわずか数分と短いため、そのままでは薬にならず、ハードルとなっていました。

インクレチン関連薬とは

この「効果が数分しか続かない」というインクレチンの弱点を、何かしらの方法で解決した薬が開発されました。飲み薬と注射薬があり、両方とも「インクレチン関連薬」と呼ばれています。

インクレチンの分解を抑制する「DPP-4阻害薬」

インクレチンはDPP-4という酵素によって分解されます。DPP-4の働きを阻害(邪魔)すれば、インクレチンの効果が長続きします。そのように作用する薬がDPP-4阻害薬です。1日1〜2回の服用で、24時間安定したインクレチン効果が期待できます。

構造を強くしたインクレチン「GLP-1アナログ」

インクレチンはGIPとGLP-1という2種類あるのですが、糖尿病の治療により適しているのはGLP-1です。このGLP-1の構造を少し変えて(アミノ酸の配列の変更など)、DPP-4による分解を受けにくくしたのがGLP-1アナログという薬です。アナログとは「類似の」という意味で、GLP-1そのものではないけれどもほぼ同じ働きをするということです。定められた回数、患者さんご自身で注射します。

インクレチン関連薬の特徴

「血糖降下薬」から「糖尿病治療薬」へ

インクレチン関連薬は今、糖尿病の治療を大きく前進させるのではないかと、とても期待を集めています。期待される理由は主に以下の五つの特徴からです。

特徴1 低血糖の心配が少ない

血糖値をより強く下げるにはインスリン分泌を促す薬が有効ですが、従来のそのタイプの薬は低血糖に注意が必要でした。しかしインクレチン関連薬のインスリン分泌刺激作用は、血糖値が高いときにだけ発揮され、血糖値が下がってくると作用しなくなります。このため低血糖は少ないと考えられます。

→未解決の課題1(前述)が解決

注意! ただしインスリン分泌を促すほかの薬(主にSU薬)と併用する場合は低血糖が起こり得ます。このためSU薬にインクレチン関連薬を追加するときは、SU薬の処方量がいったん減ることが多いです。
特徴2 体重が増えない。または体重が減る

インクレチン関連薬は、血糖値に応じたインスリン分泌を促すので、体重が増えません。また、インクレチン関連薬そのもの(とくにGLP-1アナログ)にも体重を減らす作用があります。

→課題2が解決

特徴3 より自然な方法で血糖値を下げる

グルカゴン分泌を抑えるので、より自然なかたちで血糖値を下げます。インスリン抵抗性のためにインスリンが過剰に分泌されて動脈硬化促進が心配されるような状態でも、その状態を悪化させずに、グルカゴン分泌抑制作用で血糖値を下げます。食後の血糖値だけでなく空腹時血糖が下がるのも、同じ理由です。

→課題3が解決

特徴4 β細胞が減らない。またはβ細胞が増える

インスリンの分泌を増やすためにSU薬などで膵臓のβ細胞を刺激し続けていると、その機能が早く低下してしまう可能性があります。しかしインクレチン関連薬は、必要なときにしかインスリン分泌を刺激しないので、膵臓のβ細胞にやさしい薬と言えます。

しかも、さらに注目されるのは、インクレチン関連薬(とくにGLP-1アナログ)にはβ細胞を増やす作用があるのです。これはまだ動物実験レベルの話で、人での効果の確認は先のことですが、従来は期待できなかった作用です。今までの薬が高血糖に対する対症療法のための「血糖降下薬」であったのに対して、インクレチン関連薬は原因療法により近い「糖尿病治療薬」だと言えます。

→課題4の解決に近づく

β細胞のインスリン工場が一つしかない膵臓が、インクレチン関連薬の長期使用で工場を増やしているようすを対比した図
インクレチン関連薬を長期間使用すると……
特徴5 合併症予防に直接的効果がある可能性

特徴の5番目もまだ検証が必要な段階ですが、糖尿病の合併症が起きやすい心臓や脳などを守る直接的な効果(高血糖是正を介さない効果)が期待されています。例えばGLP-1では、脳梗塞が起きても梗塞の範囲が小さくなる、心筋梗塞後の心機能低下が抑制されるといったことです。

どんな人に処方されるのでしょう?

インクレチン関連薬の特徴をもう一つ挙げるとすると、使用してはいけない状態が少ないということです。ほとんどの患者さんに使用できます。糖尿病と診断されたすぐ後の初期治療や、ほかの薬が効かなくなってきたときに追加する場合など、いろいろなケースで血糖を下げます。β細胞を守るというこの薬にしかない作用に期待し糖尿病の進行を抑えるために、なるべく早く使い始めたほうが良いという意見もあります。

なお、DPP-4阻害薬とGLP-1アナログの違いは、飲み薬と注射薬という違いのほかに、後者のほうが作用が少し強いことがわかっています。

インクレチン関連薬は「夢の新薬」?

副作用について

インクレチン関連薬は副作用が少ない点も特徴です。GLP-1アナログでは初めの2カ月間ほど、吐き気や下痢などが割によく起こりますが、ほとんどの場合、そのうち起こらなくなります。DPP-4阻害薬では特異的な副作用は報告されていません。ただし、どちらも比較的新しい薬なので、まだ報告されていない副作用がこれから出てくる可能性も否定はできません。

「食事・運動療法が基本」。これは変更なし!

さて、最後に一つ追加事項を。

追加事項といいますのは、「糖尿病の治療は食事・運動療法が基本」ということです。インクレチン関連薬を使えば、食事・運動療法がいらなくなるわけではありません。食事・運動療法をしっかり続けてこそ、インクレチン関連薬の画期的な効果が生きてくるということを、どうかお忘れなく。

この記事は冊子「わかりやすい病気のはなし」シリーズ48『糖尿病の新治療』(2016年11月発行)をもとに作成しています。